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福岡地方裁判所小倉支部 昭和43年(ヨ)320号 決定 1968年7月05日

申請人

山瀬善久

代理人

三浦久

外一名

被申請人

洞海産業株式会社

代理人

木下重範

主文

被申請会社は、申請人を申請会社勤務の従業員として取り扱え。

申請費用は、被申請会社の負担とする。

理由

<前略>

第三争点

一、申請人の主張<省略>

二、被申請会社の主張

(一)  本件出向命令の有効性

1 出向命令権の存在

(1) 被申請会社と洞南産業との関係

被申請会社は三菱化成のもとの事業部門を分離承継して昭和三一年一二月一日設立されたいわゆる子会社であるが(申請人も被申請会社設立まで三菱化成黒崎工場の臨時工であつたが、被申請会社設立とともに被申請会社の常傭となつた。)、やがて被申請会社自身も事業の発展に伴ない直系子会社として帆柱工業株式会社、花尾商事株式会社、玄海工業株式会社および五十鈴株式会社を新設してきた。そしてさらに被申請会社は、かねてから三菱化成黒崎工場の塵芥の回収、運搬および廃業を受け持つていたが、最近捨場用地の確保が至難となつたため、塵芥を焼却処理する必要に迫られ、右回収、運搬、廃棄と右焼却処理を併せ事業目的とする直系子会社洞南産業(資本金は被申請会社が一二〇万円、帆柱工業株式会社が八〇万円を各出資)を昭和四三年三月一日設立し、焼却設備の完成をまつて同年六月一日から操業の運びとなつたのである。被申請会社はこれら直系子会社と資本、業務および人事にわたり繁密な連繋の下に有機的な一体となつて事業を営んでいるが、ことに洞南産業とは、ごく最近まで被申請会社において営んでいた事業を分離承継させた経緯から、特に密接不可分の関係にある。そこで被申請会社は、右設立に先立ち、昭和四三年二月一九日開催した経営事情説明会の席上、洞海労組々合長らに対し洞南産業設立の目的、資本金、設立時期、操業開始予定時期などを説明し(同年三月一三日付組合機関紙「洞労報」に掲載)、さらに同年二月二七日「関係会社設立に関するご通知」なる書面で同組合長に通知するなど機会ある毎に従業に対し洞南産業設立の趣旨を説明してきた。

(2) 出向命令権の根拠

(イ)(ロ)<省略>

(ハ) 就業規則の変更について

被申請会社においては、前記のとおり、従前から慣行として三菱化成系会社への出向(休職派遣)が行われていたが、たまたま昭和四二年一月ごろ社団法人三菱化成安全衛生協力会に組合員<省略>を―組合員としてははじめて―出向させる必要が生じたので、被申請会社は、今後この種出向の事情が増加するのに備え、この際就業規則を変更して明文化するのが適当と考え洞海労組々合長の同意をえて、同月二〇日就業規則二七条を「会社は業務の都合により従業員の転勤、派遣昇職の転職を行う。」(派遣を挿入)と、同二八条を「従業員が次の各号の1に該当する場合は休職にすることがある。(1)外部会社、団体へ転出させられた場合(2)以下略」((1)号を挿入)とそれぞれ一部変更し、労働基準監督署に届け出たうえ、同月二四日社内通知「従業員就業規則一部改正及び外部会社休職派遣社員取扱要領制定の件通知」を各職場に配布して備付け、あるいは各現場事務所、通知閲覧所に掲示し、従業員に右変更の趣旨および変更条文を周知徹底させた。さらに、被申請会社は、右就業規則変更と並行して、出向者の出向先における細部取扱いについても洞海労組と協議し、出向者は人事上、給与上実質的に被申請会社にある場合以上の条件とすることなどを盛りこんだ「外部会社、団体への休職派遣者取扱要領」を取り決め、前記社内通知で従業員に周知徹底させた。

したがつて、前記就業規則二七条、二八条の一部変更により、出向制度は明文化され、その内容は労働契約の内容を成すに至つたのであるから、被申請会社が出向命令権を有することは明らかである。<中略>

第四争点に対する判断

一、出向命令権の存否

(一)  本件疎明資料によれば、被申請会社主張の前記第三の二の(一)、1の(1)事実および(2)のハうち就業規則の一部変更、その周知徹底の事実を認めることができる。そこで、被申請会社の主張する出向命令権の根拠につき以下検討する。

(二)  労働契約について

被申請会社は、本件出向命令が被申請会社と申請人との間の労働契約に基づく有効なものであると主張する。

ところで、従業員は、特約、その他正当な根拠がない限り、労働契約上、使用者の指揮下において使用者に対し労務を提供する義務を負担するにとどまり、第三者の指揮下において第三者に対し労務を提供する義務を負担するものではないと解すべきところ、本件疎明資料によると、本件出向命令は、被申請会社と申請人との間の雇傭関係こそ申請人休職のまま継続するが、申請人に対する服務上、人事上(解雇を含む)その他の権限および給与支給その他の義務が被申請会社から洞南産業に引き継がれて、被申請会社において従前有していた申請人に対する指揮権、使用権を失うことを内容するものであることが認められ、被申請会社の洞南産業に対する影響力、支配力もただちに右内容を左右するものとは認められないから、本件出向命令は結局、第三者たる洞南産業の指揮下において洞南産業に労務を提供すべきことを命じるものであつて被申請会社と申請人との間の労働契約上根拠を有するものではない。そして右労働契約を結ぶにあたり、特約その他特段の事由を認めるにたる疎明資料はないから、労働契約上申請人が本件出向命令に応ずべき義務を負担するものとはいえない。よつて、この点に関する被申請会社の主張は理由がない。

(三)  慣行について

被申請会社は、出向制度が被申請会社において、慣行として確立していると主張する。

しかしながら、<証拠>によると、昭和三九年二月一日になつてようやく、出向を実施し、その後同四三年三月一日までの間に計七名を出向させたことが認められるが、しかもそのうち申請人と同じ本工員(組合員)を出向させたのは同年三月一日付の一件だけであることは被申請会社の自認するところであつて、他は職員、または役職員の事例であると認められ、いまだ右事例だけでは、被申請会社において申請人のような現場作業の本工員を含む従業員一般に適用される出向制度の慣行が確立されていたとは認められない。よつて、この点に関する被申請会社の主張は理由がない。

(四)  就業規則の変更について

被申請会社は、前記就業規則二七条、二八条の一部変更により、出向制度が被申請会社と申請人との間の労働契約の内容を成すに至つたと主張する。

ところで、就業規則中従業員にとつて重要な労働条件の変更も、それ自体としては有効であるが、右変更はただちに既存の労働契約の内容を変更するものではなく、当該従業員自身が右就業規則変更に同意することによつて、既存の労働契約の内容となるものと解すべきところ、申請人が既存の労働契約上本件出向に応ずべき義務を負担していなかつたことは前記のとおりであるから、就業規則二七条、二八条の一部変更により右義務が明文化されても、このような労働条件の重要な変更は申請人の同意がない限り、申請人に対し効力がないものというべきである。(本件疎明資料によれば、申請人は本件申請後昭和四三年六月一四日から洞南産業で就労しているが認められるが、申請人が右労働条件の変更に同意していないことは明らかであるから、右変更は右申請人に対し効力がない)よつて、この点に関する被申請会社の主張も理由がない。

(五)  以上のとおり本件出向命令は、結局、法律上の根拠がないから、無効なものと認められる。

二、仮処分の必要性について

本件疎明資料によると、申請人は、昭和三七年洞海労組情宣部長に、同三八年、三九年、四一年と書記長に選出され、同四二年組合長選挙に立候補し、僅差で落選した経歴を有しているところ、同四三年六年一日から一応本件出向命令に従い、洞南産業で就労しているが、なお洞海労組組合員の資格を有するものと考え、洞労労組々合長選挙(同年七月九日立候補受付開始、同月二三日投票)への立候補、これに伴なう選挙活動その他組合活動を続けていく決意であるが、本件出向命令により休職となつたので、組合員資格に疑義が生じて事実上洞海労組から組合員資格を喪失したものとして取扱われ(同年六月八日開催の洞海労組中央委員会および同月二四日開催の臨時大会のいずれにおいても申請人の組合員資格は確認されるに至らなかつた)、組合活動を行うことが極めて困難な状況に陥つており、仮に洞海労組が組合員資格を認めて、申請人の立候補その他組合活動を受け入れるとしても、黒崎作業場において組合員とともに立候補その他に伴なう日常活動を行うことは困難であり、さらに、被申請会社は守衛に命じて申請人が組合活動のため右作業場に立ち入ろうとするのを妨害監視させていることが認められる。

したがつて、このままでは、申請人は、目前に控えた組合長選挙への立候補はおろか、今夜の組合活動が極めて困難になることは明らかであるから、本件仮処分申請は、その保全の必要をも具有するものと認めることができる。

三、よつて、その余の点につき判断するまでもなく、申請人の本件仮処分申請を理由あるものとして認容し、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。(矢頭直哉 弘重一明 村田道生)

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